MENU

厄年ってくだらない?不安やストレスに振り回されず、自分らしい生活を送る

厄年ちゃん:「厄年 くだらない」で検索してきたってことは、正直半信半疑なんだよね?

みさ:うん、正直に言うと「そんなの迷信でしょ」ってずっと思ってた。周りが厄年だ厄年だって騒ぐのも、正直ちょっと面倒だったし。

厄年ちゃん:じゃあ今日は、そのくだらないと思ってた本人に、本厄が終わった今だから言える本音を語ってもらおうかな。

みさ:いいよ。むしろ「くだらない」って思ってる人にこそ、私の話を聞いてほしいな。

目次

「くだらない」と思う気持ち、正直よくわかる

33歳、女性の本厄。神社に行けば「厄払いした方がいいですよ」と言われ、親からは「今年は気をつけなさい」と念押しされる。正直、科学的な根拠があるわけでもないのに、みんなが同じことを言うから何となく従っていた、というのが本音でした。むしろ「これって単なる思い込みの押し付けじゃないの?」と斜に構えていたくらいです。

本厄の1年、実際にどう過ごしたか

とはいえ何もしないのも落ち着かなくて、結局は近所の神社で軽く厄払いをしてもらい、あとはいつも通りの生活を送りました。仕事も普段通りにこなし、体調管理も特別なことはせず、いつもと変わらない食事や睡眠のリズムを保っていただけです。「厄年だから」といって何かを我慢したり、大きな決断を避けたりすることもしませんでした。

結果、不幸な出来事には見舞われませんでした

そして本厄の1年が終わった今、振り返って言えるのは「特に何も悪いことは起きなかった」という、ある意味で拍子抜けするくらい普通の1年だったということです。大きな病気もケガもなく、仕事でも人間関係でも、これといったトラブルはありませんでした。むしろ、いつも通り穏やかに過ぎていった1年だったと思います。

じゃあ厄年って、本当にくだらないもの?

この経験から言えるのは、「厄年だから不幸になる」という考え方には、少なくとも私自身は根拠を感じられなかった、ということです。厄年だろうとなかろうと、良いことも悪いことも起こる時は起こるし、起こらない時は起こらない。それだけのことなのかもしれません。「くだらない」と感じる人の気持ちは、今なら私もよくわかります。

それでも、厄年をきっかけにしたことに意味はあった

ただ、厄年という節目があったからこそ、自分の生活や体調を一度見直すきっかけになったのも事実です。「厄年だから不幸になる」というのは根拠のない話でも、「節目に一度立ち止まって自分を労わる」という習慣そのものは、悪くないものだと今は思っています。

信じるかどうかより、心地よさを優先していい

信じるか信じないかではなく、自分にとって心地よい形で節目と付き合えばいいのだと思います。無理に信じ込む必要も、全否定する必要もありません。

「くだらない」と思っているあなたへ

もしあなたが「厄年なんてくだらない」と思っているなら、その感覚を無理に変える必要はないと思います。実際、私自身がそうでしたし、本厄を終えた今も、その考えが大きく変わったわけではありません。ただ、厄年という言葉に振り回されて不安になるくらいなら、いつも通りの生活を大切にしながら、気が向いた時だけ小さな節目のケアを取り入れてみる。それくらいの距離感が、一番気楽なのかもしれません。

厄年ちゃん:みさの本音、参考になったかな?「くだらない」と思う気持ちも、大切にしていこうね。

記事

記事2

厄年ちゃんトップページをみる

目次